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水に触れるヘレンケラーのように

祖母がお世話になったデイサービスが一昨年(2022年)、閉所しました。
その施設宛に、僕は手紙を書きました。

『祖母はよく、「長生きするのも楽じゃない」と口にします。
孫である僕には、祖母の”楽じゃない”気持ちを真に理解することは出来ません。
それでも本人には、なるべく明るく元気に過ごすことを意識してほしいと思っています。
そんな祖母が素敵な笑顔を見せてくれるのは、デイサービスのスタッフさん達のお陰でもあります。
色んなご支援をしてくださることにも助かっておりますが、なによりも同じ時間を祖母と一緒に過ごしてくださることがありがたかったです。』

僕から施設へ伝えた感謝の中には、恐らく祖母が抱く想いも含まれていたでしょう。

しかし、祖母に残された時間がある一方で、僕自身の人生も大事にしなければいけません。
今までの人生を振り返ると決して真っ当ではなかったと自分を追い込み、そこから頭が切り替わらないことがよくあります。
長生きしている祖母にしかわからない苦労があるように、僕や誰かの心の痛みも味わっている本人にしか分からないということが現実だと思います。

発達障害と診断されている僕は、現在就労移行支援施設でお世話になっています。
そこで手話の講義があります。
しばらく塞ぎ込んでいた精神状態でその講義に臨んだとき、その施設のスタッフさんがヘレンケラーについて話してくれました。
僕もヘレンケラーについては本で読んだことがあるし、本人の先生も凄い努力したというエピソードも思い出しました。
そして、現在でも、「盲目」「聾唖」の両方を抱えて生きている人がたくさんいて、その人達が臨む「触手話」というコミュニケーションがあることを知りました。
それは目に見えない手話をまず覚えて、他人が指で表示しているそれに自分の指を触れて、何を発信しているのかを理解するというのです。
そうやって、社会に参加している人達の苦労がわかるかと自分に問われたら、決してわかることは出来ないと思います。

この話を聴いて、思わず涙がこぼれそうになりました。
苦労という言葉を識る一人一人が、皆ヘレンケラーなのだと感じたからです。

当たり前のように目に見えるものを人一倍把握出来なかったり、耳にはっきり聞こえてくるものでも自分だけが理解出来なかったりすることは、頻度は違えど誰にでもあることだと思います。
そうでなければ、人と人が擦れ違い争い合うこともなくなっているはずです。
どんな人でも知らない環境へ赴いて他人と並べば、皆ヘレンケラーの日常のような想いを抱くのだろうと思いました。

目も耳も口も不自由なヘレンケラーが「水」を理解したのは、何度も水に触れたからです。
「あなたに伝えたい言葉」を「触れて理解する」といった触手話は、絶対に素敵なコミュニケーションです。

祖母はこれから特別養護老人ホームへと移ります。
本人は凄く嫌がるでしょうけれど、僕は感謝して堂々と祖母を面倒見てくれる施設へと見送ります。
祖母の見えない心に何度も触れることが出来た日々が、なによりの財産になりますように。
そしてそれがきっと、真夏の蜃気楼のようにキラキラ光り続けますように、と。

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